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学校では教えてくれない愛と性にまつわる日本史

「日本史」というと、学校の授業では丸暗記しなければいけない事柄が途方もなくあって、試験の前日に徹夜して覚えた苦~い記憶がよみがえってくる人も多いはず。
歴史なんて今さら、って感じかもしれませんけど、愛と性の日本史を紐解いてみると、ビックリ仰天ぶっ飛びエピソード満載なんですよ、実は。

日本史

ここまで突っ込みどころ満載の性愛エピーソード満載な歴史を持つ国って、珍しいのではと思ってしまいます。
日本の歴史上のエピソードを読んでいて思うのが、昔の性はオープンかつ自由で、なんでもアリだったんだなということ。

そして日本史の性風俗を語る上で避けては通れないのが、「男色」つまりホモです。
日本という国は、昔から男色がめちゃくちゃ盛んな国だったのです。

男女ともに貞操観念が希薄で、女性にも今のように処女性が重んじられる風潮がなく、セックスは今よりもっと自由で気軽なものでした。
言ってしまえば、やりたい放題。

現代女性が持っている道徳観は、明治以降、西洋思想を吸収する際に付随して作られ、昭和になって広まったとされています。
祭りにはつきものだったフリーセックスや、政府による積極的な遊郭の誘致、大名の多くがホモ、などなど知れば知るほど昔は性風俗がゆるゆるだった様子が伝わってきます。
それでは、学校では教えてくれない愛欲の日本史、年代ごとに大まかな流れをみていくことにしましょう。

古代の性事情は?

古代では、当たり前のように一夫多妻がほとんどで、兄弟姉妹間でのセックスはもとより結婚もOKだったようです。
近親相姦なんて概念、一切なかったのでしょうね。
開けっぴろげで平和な時代と言えるでしょう。

女性の体が利用されていた!?

平安時代になると、男が女の家に夜這いをかけ、三度通って双方が気に入れば結婚成立。
いまと違って、男が女の家に養ってもらうことが一般的でした。マスオさんが世の中に溢れた時代だったんですね。
この当時、平安京は10万人を超える大都市でしたが、めちゃくちゃな政治のおかげで、一般人はとっても貧乏していました。

そして貧乏生活に耐え切れず、売春婦となって街に現れる下級役人の妻が続出。
この頃の取引は物々交換が主流でしたが、人妻たちは自分の体と引き換えに食料や衣類を手に入れたのでした。
生活苦からとはいえ、役人奥さんが売春って、いまの感覚ではちょっと考えられません。

武士が台頭する時代になると、女性としての地位はグンと低くなり、女はなにかにつけて我慢を強いられる時代になります。
「家」というものが何よりも大事になってきて、男は家を存続させるために少しでも多くの女を娶り、子供を産ませました。

そんな状況なので、跡継ぎが産めない者は肩身の狭い思いをさせられたようです。
武士階級においては、女性だけに姦通罪が適用され、破った者は容赦なく死刑に。
完全なる男女不平等の時代です。
身分の低い女は男の庇護のもとで小ちゃ~くなって暮らし、身分の高い女性もまた自由はなく、政略の駒に使われました。

戦で妻、娘を隠さないと…

政略結婚で嫁いでも安泰とは言い難く、いざ嫁いだ国が戦に負けるなんてことになれば、
想像を絶するような悲惨な運命が待ち受けていました。庶民の間でも、「戦が始まる!」と小耳に挟むようなことがあればもう一大事。

本陣周辺の農民達は、まっさきに自分の女房と娘を隠しました。
なぜって、隠さなければ女達は連行されて無理やりレイプされてしまうからです。
その際、美人であれば武将クラスのお相手をし、不器量な女は野原で雑兵にまわされるなんて具合だったとか。
もしも抵抗すれば、切り捨てられたりもしたようです。想像しただけで身の毛がよだちますよね。
女性としては、この時代に生まれなくて本当に良かったと思ってしまいます。

戦国時代の性の常識

戦国時代の常識として、戦の出陣前の3日間は、魚を食べることとセックスは禁止でした。

妊娠中や出産後30日以内の女性が軍衣を触るのもご法度。
女性は不浄といわれ、戦において女性は縁起の悪い存在とされていたため、男同志で性欲を処理していたといいます。
時代劇ではもちろんそんなところは再現されないので、その点はあまり認知されてないのかもしれませんが、ホモは武士のたしなみだった、とも言えるかもしれませんね。

江戸時代になってくると、吉原という遊郭が栄えました。
江戸の街は、もともと男に比べて女が極端に少なく、それに加えて参勤交代でやってきた地方の男達も集ったため、男ばかりがやたら目につく男クサい場所になっていました。

もし当時の江戸の街にタイムスリップできたたとしたら、史上最高のモテ期が味わえそうなので、個人的には悪くないなとは思いますけどね。
金も魅力も無い一般の男性にとっては、結婚なんて夢のまた夢。そうした寂しい男たちのお相手をしたのが遊女だったのです。

モテない男達をせっせと癒した遊女がいてくれたからこそ、江戸の街があんなにも栄えたのかもしれません。

明治時代の女性に求められたもの

明治時代の世に名を馳せたお偉い殿方たちの愛人の中にも、元遊女がわんさかいます。
明治時代は家制度が庶民にまで浸透し、それが西洋の貞操観念と結びついて、女性の純潔がいっそう求められるようになった一方で、男の人はやりまくりOKで、まさにパラダイスな時代でした。

夫は金と権力があれば、愛人を複数作ろうと誰からも咎められず、妻はそれを容認するしかなかったのです。

貞操義務や姦通罪は、妻だけに課されました。また、未婚女性の処女性が重んじられるようになり、女子教育の場でも、貞操は命に代えても守るべきもので、良妻賢母になるよう努めなければいけないと徹底的に叩き込まれたのです。
妻は夫に仕え貞淑で家庭を守り、夫は外に何人も愛人をこさえて家に帰らず遊び惚けてやりたい放題。

もし明治の女性が流した悔し涙をかき集めたなら、涙の海ができそうですよね。

その後、第二次世界大戦後の民法改正で貞操義務が夫婦どちらにも課されるようになり、女性への姦通罪が廃止されて初めて、男女平等といえる世の中になりました。
そしてその後は皆さんご存知の通り、どんどん女性が強くなって、現在に至るわけです。

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ライタープロフィール

TOMO
長く海外生活を経験し、国際情勢に精通。美食&美酒、ファッション、旅をこよなく愛する。
現在は東京在住。翻訳家&ライターとしても活躍中。
自分のキュアリは?(女性としての内面磨き) 知的好奇心を持ち続けて日々を生きること。